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心音に聞く

 ——恋とは即ち。

 朝風のように爽やかで。熟れたきのみのように甘くて。夜空に広がる星々のようにきらめいて。

 ——それほどまでに、眩しいものだと信じていた。

 けれども、この感情は——。

 彼の傍に最も長くいるのが自分であると、優越感を抱き。

 植物に向ける優しい視線を、少しでもこちらに向けてほしいと願い。

 彼の背に誰かがいれば、そこを占有したいと考え。

 この——仄暗く懐に根差すような感情は、何と呼べばいい。

 燻っている気持ちの正体を確かめたくて。彼の寝顔を見つめながら、つい、口を滑らせた。

 途端、す、と胸に落ちた。

 ——ああ、これは恋なのだ。

 伝えても彼を困らせるだけだから、押し殺して生きていこうと、そう決めていたのに。



 うたたね、夢の中。ムクホークに好きだ、と言われた気がする。何を今更、俺だってお前のことは大切に思っている。

 しかし夢の中の彼の声は、何故諦めたような声色なのだろう。そんな消え入りそうな声、今まで一度も聞いたこと——。


「……ドダイトス、ドダイトスってば!」


 高い声に名を呼ばれ、はっと我に返った。至近距離で、くりっと大きな赤い瞳がこちらを覗き込んでいる。


「ぼーっとしてるけど大丈夫?」


「ああ、平気だ。心配かけて悪ぃなベイリーフ」


 だといいけど、と彼女は踵を返し花壇に向き直る。そうだ、今はベイリーフ、ジュカインと共に研究所の植物の手入れをして周っている最中だった。


「珍しいな。体調でも悪いのか」


 木々の剪定を終えたジュカインが地面に音もなく降り立つ。


「いや、そういうんじゃねぇんだが……」


 気を抜けば耳に蘇る、彼の声。思い出す度、どうにも揺さぶられるような。


「好きってなんだろうなぁ……」


 ぽそりと呟けば、ベイリーフは勢いよくこちらを振り向き、ジュカインは勢いよくずっこけた。


「……ドダイトス、今、なんて」


 汗をかきかき、しどろもどろにジュカインが尋ねてくる。そんなにまずいことを口にしただろうか。


「いや……好きって言ってもいろいろあるじゃねぇか」


 例えば、俺はサトシが好きだ。だからこそ俺は今、ここにいると断言できるほどには。

 例えば、ミミロルはピカチュウが好きだった。ぽっと頬を染め、きらきらした瞳で、いつも彼を見つめていた。

 俺とミミロルの「好き」は異なるものなのだろうと、それぐらいはわかる。

 けれどもムクホークの「好き」は、俺が彼に向ける「好き」は。サトシに対する感情と同じなのかと問われれば、こんなに悩む時点できっと違うものなのだろう。


「そんなの、ひとりじめしたい、よ!」


 ベイリーフが声高に叫んだ。


「いつだって近くにいたいの。あたしが隣に立っていたいの」


 例え、叶わなくても。彼女は寂しそうに微笑む。


「……誰かひとりが特別なら、それが好きってことなんじゃないか」


 ジュカインはやはり苦い顔をしていたが、悩んだ末にそう答えてくれた。


「……ん、ありがとう。参考になった」


「どういたしまして」


「……ああ」


 くすりと笑うベイリーフと、渋い顔のジュカイン。正反対なふたりがおかしくて、つい、吹き出してしまった。


 悩んでいるのは性に合わないから、いっそ、彼に打ち明けてみようか。ふたりと別れてから、そう思った。

 ……でも、否定されたら。ふと沸いた感情に苦笑した。

 ——怖い、だなんて。彼に限ってそんなことあるはずがないのに。

 立ち上がる気にならず、ぼんやりと空を眺めていると、


「植木の手入れ、終わったのか」


 ——彼の声が降ってきた。いつも通り、落ち着いた声。当然だ。だってあれは夢の話。


「……何かあったのか」


 俺の顔を見るや否や、少し眉根を寄せ、こつりと額を合わせる。熱はないようだが、と小さく呟く。少し高い位置にある紅の瞳と目が合って、


「好きだ」


 あんなに迷っていた言葉が、気持ちが、自分でも驚くほどするりと、口から滑り出た。ああ、そうか。俺はムクホークが好きなんだ。


「……え」


 目を見張って固まる彼の胸元に顔をうずめた。どくどくと、彼の心臓が脈打つ音。

 ——普段より、かなり早いと感じるのは、都合良く解釈しているせいだろうか。


「俺はこんな種族だからよ、全員、最期まで見送ってやりたいと思ってんだ」


「ド、ダイ、トス?」


「まぁ聞けよ……でも、お前には。お前にだけは、俺の最期を見ていてほしいんだよ」


 彼からの返答はない。けれど、鼓動は早鐘を打っている。これは気のせいなどではない。


「ムクホーク」


 名を呼べば、びくりと身体を震わせる。


「お前には翼がある。どこへでも行ける翼だ」


 逃げようと思えば今だって。

 それでも、ここにいてくれるってことは、俺とお前、同じだと思っていいのか。

 しばらくして、彼が小さく息を吐く。そっと寄せられた頬は燃えるように熱く。


「……聞かれて、いたんだな」


 囁かれた言葉に、あの声は夢ではなかったのだと。

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