君とあたしの
──夢を見ている。
だって、こんなこと、現実では起こるはずがないもの。
サトシとふたりっきり、並んで歩いて。こっそり、蔓を絡ませると、サトシも握り返してくれて。
こんなの、こんなの、まるで──。
「ベイリーフ」
大好きな声に名前を呼ばれて、視線を上げると、すぐそばに君の顔。優しく細められた目に、頬に添えられた手に、やだちょっと待ってまだ心の準備が!
だんだんその距離が縮まってきて、あと、数センチ、という所で、
──ぱちり。
目が覚めた。胸がどきどき、早鐘のように打っている。
……ああやっぱり夢だったな。ふー、と溜め息をついて、空を見上げれば。太陽の光がさんさんと降り注いでいる。
──真上から。
待って、今、何時!?
すくっと立ち上がって、研究所の方角へ駆け出す。
今日は待ちに待ったサトシが帰ってくる日なのに、寝坊するなんてサイテー! あたしが一番に出迎えたかったのに!
あまりの不甲斐なさに、少しだけ涙が滲んだ。
ようやく見えてきた研究所。その庭で、ケンジと話をしているその人は。
堪らずその名を呼べば、君はこちらを振り返って大きく手を振る。ずっと変わらない、ふにゃりとした笑み。胸がきゅんとなって、走る勢いはそのまま飛びついて、地面に倒れ込む。あたしと君のお約束。
「ベイリーフ」
頭を優しく撫でられながら、名前を呼ばれた。それが夢と重なって、思わず顔が熱くなる。やだあたしったらはしたない。隠すように、首元に自分の頬を擦り寄せた。
いつもならそろそろどいてくれよ、と苦笑される頃合だけど、今日はそれがなくて。どうしたんだろうとちらりと彼を伺えば、ぱちりと視線が合って、サトシはにっこり笑った。
「ベイリーフ、オレとデートしよう!」
あたし、まだ夢を見ているのかしら。
……夢じゃないことは、君の手の温かさが告げていた。
「ケンジから聞いたんだ。ベイリーフ、博士の手伝い頑張ってくれてるんだってな!」
たまには息抜きしないとな、とサトシはまた頭を撫でてくれた。
君の笑顔がいつも以上にキラキラしているのは、きっと気のせいじゃない。
……デート、デートだって。
「好きなやつとふたりで遊びに行くのがデートってやつなんだろ? じゃあ、オレとベイリーフが出かけるのもデートだよな!」
きっと君とあたしのデートは違うものだけど。でも、君があたしを好きだと、デートだと、そう言ってくれるのなら。
また明日迎えに来るからと、夢見心地、ふわふわした気持ちのまま、帰っていくサトシを見送る。いつの間にか傍に来ていたピカチュウに楽しんでね、と囁かれる。
ああ、待つことがこんなに嬉しいだなんて始めて。自然と口元が緩んでしまう。
──たった一つの約束で幸せになれるあたしは、単純だ。
翌日、秋晴れ。
研究所の門の前で君を待つ。こんな時間すら愛おしくて。せめてものおしゃれに香水代わりの、あまいかおり。
そんな中、太陽を背負って現れた君はいつもより何倍も素敵に見えた。
「ごめん、待たせちゃったか」
申し訳なさそうな顔に、首をぶんぶん振って否定する。ううん、あたしが早く来すぎちゃっただけなの。
ぴたりと身体を寄せると、何かいいにおいがすると彼は鼻をひくつかせる。あたしを見て、いいじゃん、といたずらっぽく笑う。。
「じゃあ、行くか!」
すらりと手を伸ばされ、いいのかな、なんて思いつつ、そっと蔓を預けた。
やって来たのはタマムシシティ。研究所にいる時はあまり来られないから、ずらっと建ち並ぶお店に心が弾む。ぶらぶらウィンドウショッピングをしていると、まるで夢の再現をしているようで。
あちこち見て回っていたら、サトシのお腹の虫がぐう、と鳴った。一休みしようと入った喫茶店はアンティークな雰囲気で、ちょっぴりおとなになった気分。
注文した秋の新作のモンブランはコータスをかたどったもので、あいつにも見せてやりたかったな、とサトシは美味しそうに頬張った。
……あたしばっかりこんな楽しくていいのかな。サトシはちゃんと楽しめてるかな。テーブル越しに視線を上げると、どうした? と微笑んでくれるけれど。あたしが見たいのは。
「——あ」
明るい光が差し込む窓の外。サトシが何かを見つけた。
……そうだ。あたしが見たかったのは、そう、こんな。
「バトル、やってる!」
少し上気した頬。ぴかぴかと輝く瞳。ケーキを食べ進める手が止まっている。そんな君に見に行こうと誘われて、断れるあたしじゃないのに。
君はずるい。
趣向を凝らしたスイーツも、今のサトシにかかれば一口だ。いそいそと店を出て、あたし達も野次馬に加わった。
激しくぶつかる技。
盛り上がる歓声。
——そして、決着。
周囲から拍手を浴びる中、勝ったトレーナーとそのパートナーが不意にこちらを向いた。サトシよりいくらか歳上の男の人と、ほのおタイプのポケモンだ。
「君、いいポケモン連れてるね」
いきなり話しかけられて、サトシはきょろきょろ周りを見回している。
「君だよ。ベイリーフを連れているそこの君」
彼はつかつか、真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「——よかったら、バトルしないか?」
サトシにとっては願ってもない台詞。どうすると尋ねられたけれど、そんなに目を輝かせる君が断るはずはないし。
それに何より、あたしだって。君の下で戦いたいと、どれほど思い続けてきたことか。
無意識に広がる、ぴりりと痺れるような香り。やる気十分だな、と君が歯を見せて笑う。
「——ベイリーフ! かわしてはっぱカッター!」
凛とした声が脳内に響く。考える前に身体が動く。ぴたりとはまる手応え。
身を焦がす炎さえも、あたし達を止めることなんてできない。
——ああ、楽しい、楽しい、楽しい!
ずっと、ずっと、欲しかった!
今、この瞬間。君の声はあたしだけのもの!
「つるのムチ!」
指示と同時にしなったムチを急所に当て、相手がどさりと倒れる。
——終わって、しまった。ふ、と小さく息を吐き、身体の力を抜いた。
「ベイリーフ! やったな!」
汗を滲ませ、息を切らして、満点の笑顔で駆け寄ってきたサトシに抱きつかれる。
君にとって、この勝利は数あるうちの一つに過ぎない。それが少し、ううん、とっても、寂しいけれど。
ああそれでも、君が喜んでいるのが何より嬉しくて。やっぱりあたしは君が好きなんだと、そう思った。
夢のような時間とのお別れ。太陽の光はいつの間にか飴色に変わっている。研究所の前で、少しずつ遠くなっていくサトシの背中を見送った。
また、これから待つ日々が続くのでしょう。
——でも、大丈夫。今日はたくさん、君からの贈り物をもらったから。
「——また、一緒にバトルしようぜ!」
帰路で交わした約束。答えはもちろん、
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