マウンテンノリタマゴ
ドアが音を立てて開き、誰かが入ってきた。
ここは店であるから、誰かが入ってくるのは当然である。そして店主たる自分は歓迎の言葉を口にするべきなのだが。
ちらりと目線を上げ、そのまま元に戻す。ブキを磨く手は止めない。
軽快に響く小走りの音。店内は走らないよう、いつも言っているのだけれど。
「ブキチ!」
明るい声に呼ばれてしまえば、顔を上げない訳にはいかない。ひとつ大げさに溜息を吐く。
「今日もブキの話、聞かせてよ!」
きらきらと光るビー玉のような瞳が、こちらを覗いていた。
──少し前、具体的に言えば、オオデンチナマズが戻ってきた頃。
このインクリングは突然この街に現れ、そして本当になぜなのか、懐かれてしまったらしい。
店に入り浸ってはブキの話をしてくれとせがみ、試し打ちをするだけやって帰っていく。
正体不明のインクリングを初めは警戒していたが、話は楽しそうに聞いてくれるし、害はなさそうだったので、最近は放置している。
「そのブキ……」
少女はボクの手中にあるブキを指差し、目を丸くする。
黄色を基調にしたボディのブキは、データを集めて貰っている最中の試作品だ。
「もしかしてナワバリバトルでも使えるの?」
「調整中でし。それにもし完成したとしても、キミみたいなダサいイカにはまだ早いでし」
「そんなに言わなくてもいいのに」
ぶうとむくれた少女はそっぽを向く。その横顔がどうしてか──彼女と重なって見えた。
ごしごしと目を擦る。あの凛としたヒーローと、目の前の少女が似ているなんて、あるはずがない。
「……あ、わたしが映ってる」
つけっぱなしになっている店内のテレビは、近頃行われたバトルを放映していたらしい。ちょこまかと躍動している少女の姿が映し出されていた。
「これ、最近お気に入りのフクなんだー」
「……」
「ローラーの縦振り、精度上げたくて頑張ってるんだよ」
音が耳を通り過ぎていく。
画面の中の少女に視線が吸い込まれる。
ヒーロースーツに似た色合いのフクを身につけ、黄色のインクを撒き散らすその姿は。
──何度失敗しても、何度打ち負かされても、決して光を失わないそのまなざしは。
「4号、さん?」
思わず口にした呼びかけに、彼女は振り返り、
「なに?」
こともなげに、ふわりと微笑む。
擦っていたブキが、きゅっと、音を立てた。
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