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ズラチナルーカ

「ムクホーク」


 彼が俺を呼ぶ、その声が遠い。目を開けている筈なのに、その姿が霞む。一つだけ見えるのは、彼の赤い瞳。

 直感で悟った。俺はもう、彼の傍には居られないのだと。

 ムクホーク、と心配そうな声の源に顔を寄せる。


「……大丈夫」


 暫くそうしていると、ひんやりとしたドダイトスの頬に俺の熱が移って少し温く感じた。

 そろりと、名残惜しく顔を離す。その直前、額に雫が落ちる感触。ああ、俺の為なんかにお前は泣いてくれるのか。


「……何、笑ってんだ」


 少し湿った声で問われる。


「いいや、なんでも」


「元気じゃねぇか」


 ぶは、と彼が噴き出す。やはり彼は笑っている方がいい。

 彼の声を聞いていると、力が戻ってくるような気がした。よし、と小さく呟いて羽根を動かし、よろよろと飛び上がった。

 目的地は、俺の定位置。最期を迎えるならば、ここがいい。

 着地が上手くできず、どさりと音を立てて身体から突っ込んだ。かなりの衝撃だったと思うが、ドダイトスはものともせず受け止めてくれた。


「随分下手になったなぁ」


 からからと笑う彼に反論しようと口を開けるが、音を紡ぐことができない。


「……ムクホーク?」


 返事がない俺を案じたのだろうか。声の調子が変わる。

 ……そんな声を出さないでくれ。俺は平気だから。もう少しだけ、もう少しだけでいいんだ。

 喉に力を込め、振り絞る。幾度となく呼んだ彼の名を。


「……ドダイトス」


「どうした」


「……すぐ、会いに来るから」


「ああ」


「そうしたら、また……背中に乗せてくれないか」

 こんなことを言うなんて、俺は無責任だ。もう傍にはいられないのに。本当に来られる保証などどこにも無いのに。

 分かっている。彼を縛ってしまうことなんか。彼は仲間想いだから、いつまででも待ってくれるんだろう。

 ……それでも、ここは俺の帰ってくる場所なんだ。

「当たり前だろ」

 間髪入れず、しかと頷く彼。ああ、いつだって、お前は格好いいな。



「ムクホーク」


「……ん」


「もう、寝るのか」


「……そう、みたいだ」


「そうか」


「……じゃあ、また……ドダイトス」


「ああ。おやすみ、ムクホーク」

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