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グルーミング

 乱れた頭部の毛を丁寧に梳いてゆく彼の指。いつもと変わらないその仕草を、無意識に追った。


 ブイゼルは身だしなみに気を遣う方だと、ゴウカザルは思う。激しいトレーニングの後、へとへとになっていたら自分はそのまま寝てしまうけれど、彼は決して毛繕いを欠かさない。


 頭部を整え終えた彼の手は浮き袋に移り、どこからか持ってきた保湿クリームを塗り込み始める。人工的な、少し甘い香りが漂った。


 一連の流れをぼうっと眺めていると、ふとブイゼルが顔を上げた。ぱちりと目が合って、思わず息を呑む。


「……見ていて面白いもんでもないだろ?」


 困ったように目尻を下げたブイゼルに問われ、はっと我に返る。


「あ、ご、ごめん! 嫌だった?」


「いや、別に気にしちゃいねえが」


「……なんでだろ、ごめん、つい」


 見ていたことに気づかれていたことが何より気まずかった。

 しかし、ブイゼルは本当に言葉通りなんとも思っていないのだろう。ゴウカザルの様子を見て、からりと笑った。


「ま、気の済むまで眺めてろよ」


 毛繕いを再開した彼は、今度は舌を使って体毛を整え始めた。不思議と、自分が毛繕いをする時よりつやつやしているように見える。みずタイプの舌は、他のタイプのポケモンのものより保湿効果があるのだろうかと、そんなことを考えた。


 最後は、二本に別れた尻尾だ。再びクリームを付け、先の方まで撫でつけていく。

 何度かその動作を繰り返していたが、不意にゴウカザルの名前を呼んだ。


「なに?」


「手、出せ」


「え?」


「取り過ぎたから、お前にも塗ってやるよ」


 恐る恐る差し出した手に、ブイゼルの指が触れた。バトルで交わす荒々しい拳とは違った滑らかな感触に、少し、どきりとした。


「お前、全然手入れしてないな。来てくれりゃいつでも塗ってやるのに」


 ぶつぶつと小言を並べながら、それでも手を休めることなく、ゴウカザルの指一本ずつにクリームを擦り込んでいく。くすぐったく、それでも、柔らかい感触が心地よかった。


「このクリーム、どうしたの?」


「ケンジに頼んで買ってもらった。……旅をしていた頃は、ヒカリに分けてもらっていたんだが」


 ヒカリ、という名を口にする度、彼はいつも優しい顔をする。それだけ彼女のことを大切に想っているのだろう。

 ゴウカザルの中でも、シンジは大きな存在だが、彼のような表情を浮かべることは、きっとできない。


「ブイゼルはちゃんとしてて、えらいね」


「……そうか?」


「そうだよ」


 指の手入れなんて、ゴウカザルひとりではやろうとも思わない。

 ……その発想がなかった、とも言えるけれど。


「……私が、あいつらの足を引っ張る訳にはいかねえからな。誰が見ていても大丈夫なようにしとかねえと」


 小さく呟くブイゼルの表情はやはり穏やかだ。たとえ道を違えても、遠く離れても、ブイゼルは彼女達とともに進んでいるのだろう。


 ……じゃあ、自分は?


「お前も、ちょっとは自分を大事にしてやれよ」


「……そうだね」


 自分は、認めてもらったのだから。その評価に見合った自分でありたいと、ゴウカザルは素直にそう思った。

 いい顔だ、とブイゼルが微笑む。


 ぽつぽつと話をしているうちに、いつの間にか最後の指まで到達していた。自分の手からも、ブイゼルと同じ、ほのかに甘い香りがする。


「よし、これでいいだろ」


「……ありがとう」


 離れていく指が、少しだけ、名残惜しい気がした。

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