はな、とり、かぜ、つき
蒸し暑い夏も終わり、じきに秋分がやってくる。汗をかきかき行っていた日中の光合成も、心地よく行える貴重な季節だ。
「ドダイトス、月を見よう」
そんな最中、ムクホークに誘われた今日は十五夜である。
ススキ畑の一角を陣取り、ムクホークを背に乗せて、日が沈むのを待った。そして主役交代とばかりに昇ったまんまるな月は、見事な黄金色だ。
月光がススキを柔らかく照らす様子はやはり美しく、古来より多くのヒトを魅了した事実も頷ける。実際、月というものはヒトだけでなくポケモンの心をも揺さぶるようで、周囲でもポケモン達が満月の鑑賞に勤しんでいる。
「十五夜は秋の実りに感謝するものらしい」
ヨルノズクに聞いた話だが、と前置きしてムクホークが言う。
「じゃあ俺も自分の実りを祝うか」
「そうだな」
むしポケモンの声に紛れ、くすりと小さく彼が笑った。
*
さらさらと風が吹き、足元にススキが触れる。暗闇に慣れてきた目を凝らすと、満月色のススキに混ざって藤色や紅色の花弁がちらりと見えた。
「秋の七草って知ってるか」
「いや」
「萩や桔梗なんかだな。秋の到来を告げる花達だ」
「春にも似たようなものがなかったか?」
よく覚えていたものだと、少し驚いた。
確かに、春の七草という概念を教えたのはドダイトス自身であったが、自分の言動が誰かに影響を与えている様を目の当たりにするのは、嬉しいような、照れくさいような、気がして。
「ある。が、秋の七草は、食わない」
つい、誤魔化してしまう。
「……別に食べたかった訳じゃないぞ」
拗ねたような声に、ああ、そんなことはわかっているのに。
*
太陽の出ている時間帯に比べると、随分気温が下がっているせいだろうか。
「……いっきし!」
思わずくしゃみが出て、足元の草花が盛大に揺れた。すまんと内心詫びてから、ずび、と鼻を小さく啜る。
「……戻るか?」
頭上から降る心配そうな声。
「いんや、平気だよ。せっかくだからもうちょっと月、見ようぜ」
「お前が大丈夫ならいいんだが……」
気兼ねするような調子に、相変わらずだなと苦笑する。
「そんじゃ、お前が温めてくれよ」
冗談めかして言うと、何だそんなことかと拍子抜けした答えが返ってくる。そして息の吐く間もなく、首元に彼の体温を感じた。
「……ぬくい」
「それは良かった」
目を細めて満足そうな彼に、もはや冗談だったとは言えなくなる。彼は時々恥ずかしげもなくこういうことをして、くすぐったくなる。
*
花鳥風月、という言葉をふと思い浮かべた。
大昔の、この言葉を思いついた誰かも、今のように目に映るものすべてが愛しく、永遠に留めておきたいような、静かに溢れる感情を抱いていたのだろうか。
そんなことをぼんやり、考えた。
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