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はな、とり、かぜ、つき

 蒸し暑い夏も終わり、じきに秋分がやってくる。汗をかきかき行っていた日中の光合成も、心地よく行える貴重な季節だ。


「ドダイトス、月を見よう」


 そんな最中、ムクホークに誘われた今日は十五夜である。

 ススキ畑の一角を陣取り、ムクホークを背に乗せて、日が沈むのを待った。そして主役交代とばかりに昇ったまんまるな月は、見事な黄金色だ。

 月光がススキを柔らかく照らす様子はやはり美しく、古来より多くのヒトを魅了した事実も頷ける。実際、月というものはヒトだけでなくポケモンの心をも揺さぶるようで、周囲でもポケモン達が満月の鑑賞に勤しんでいる。


「十五夜は秋の実りに感謝するものらしい」


 ヨルノズクに聞いた話だが、と前置きしてムクホークが言う。


「じゃあ俺も自分の実りを祝うか」


「そうだな」


 むしポケモンの声に紛れ、くすりと小さく彼が笑った。



 さらさらと風が吹き、足元にススキが触れる。暗闇に慣れてきた目を凝らすと、満月色のススキに混ざって藤色や紅色の花弁がちらりと見えた。


「秋の七草って知ってるか」


「いや」


「萩や桔梗なんかだな。秋の到来を告げる花達だ」


「春にも似たようなものがなかったか?」


 よく覚えていたものだと、少し驚いた。

 確かに、春の七草という概念を教えたのはドダイトス自身であったが、自分の言動が誰かに影響を与えている様を目の当たりにするのは、嬉しいような、照れくさいような、気がして。


「ある。が、秋の七草は、食わない」


 つい、誤魔化してしまう。


「……別に食べたかった訳じゃないぞ」


 拗ねたような声に、ああ、そんなことはわかっているのに。



 太陽の出ている時間帯に比べると、随分気温が下がっているせいだろうか。


「……いっきし!」


 思わずくしゃみが出て、足元の草花が盛大に揺れた。すまんと内心詫びてから、ずび、と鼻を小さく啜る。


「……戻るか?」


 頭上から降る心配そうな声。


「いんや、平気だよ。せっかくだからもうちょっと月、見ようぜ」


「お前が大丈夫ならいいんだが……」


 気兼ねするような調子に、相変わらずだなと苦笑する。


「そんじゃ、お前が温めてくれよ」


 冗談めかして言うと、何だそんなことかと拍子抜けした答えが返ってくる。そして息の吐く間もなく、首元に彼の体温を感じた。


「……ぬくい」


「それは良かった」


 目を細めて満足そうな彼に、もはや冗談だったとは言えなくなる。彼は時々恥ずかしげもなくこういうことをして、くすぐったくなる。



 花鳥風月、という言葉をふと思い浮かべた。

 大昔の、この言葉を思いついた誰かも、今のように目に映るものすべてが愛しく、永遠に留めておきたいような、静かに溢れる感情を抱いていたのだろうか。

 そんなことをぼんやり、考えた。

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