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とある場所、とある日の夜

 ──傷ついたラティアスを保護した、その日の夜。

 心配そうに看病をしていたサトシだったが、しばらくしてうつらうつらと船を漕ぎ始めた。

 無理もないだろう。普段は眠りに就いている頃合だ。そう時間が経たないうちに、こてりと顔を伏せ、小さく寝息を立て始めた。


「……サトシ、寝ちゃったね」


 傍で見守っていたピカチュウがサトシの顔を覗き込み、ぽつりと呟いた。


「よし、私達も交代で寝るか」


「……そうだな。眠れるうちに寝ておいた方がいい」


「組み分けどうする? 僕はまだ起きてられるよ」


「おれもー!」


「ん、じゃあ……私とドンファンが先に起きてるか」


「はーい」


「月があの木に差し掛かったら起こしてくれ」


「わかった」


「おやすみなさーい!」


「え、僕は!?」


 会話に入れさせてもらえなかったピカチュウが、一拍置いてからぎょっと目を剥く。


「ピカ兄はずっとボールの外にいるんだから寝ておかないと」


 オンバーンが嗜めると、ピカチュウはむううと頬を膨らませる。しかし襲ってくる睡魔には抗えなかったのだろう。何かあったら起こしてね! と言い残し、ラティアスの傍で丸くなった。


「俺達も寝るが……ピカチュウと同じだ。何かあったら遠慮なく叩き起こせよ」


「遠慮なんかする訳ないだろ」


 ジュカインとブイゼルのやりとりに、ドンファンとオンバーンは顔を見合わせ、くすりと笑った。



「星がきれいだね!」


 重なる四つの寝息を聞きながら、ドンファンは頭上を見上げた。そうだな、とブイゼルも同意する。マサラタウンの夜空は確かに美しいが、旅先で眺めるそれは一段と美しく感じる。

 きっと、初めての場所に、サトシと共に来られた喜びと無関係ではない。


「研究所での生活も楽しいけど……僕、やっぱり旅するのが好きだよ」


「……私もだ」


 サトシと旅をした者なら全員、口を揃えてそう言うだろう。彼との旅は、毎日が新しく、輝いていて、日々の成長が実感できた。

 もちろん、研究所に預けられている間は食いっぱぐれることはないし、仲間もたくさんいる。不満などあるはずがない。むしろ恵まれすぎているくらいだ。

 ……ああ、それでも。

 サトシはいないのだ。


「そういえばドンファンは昔、研究所を抜け出したと聞いたが」


 ふと思い出したことを口に出せば、ドンファンの顔はたちまち赤くなった。


「あの時は、サトシとずっといたかったから……でも、みんな我慢してたんだよね」


 ずるいことしちゃった、とドンファンは見る間に萎れて身体を縮こませる。


「誰も怒ってないさ」


「そうかな……?」


「誰だって同じ気持ちだろう? 私だって、チャンスがあれば着いていく」


 それに、当時のドンファンはタマゴから生まれたばかりだったらしい。親から引き離されまいと必死なその姿を、誰が止められるだろう。……決して、口には出さないが。


「ブイゼルも? ふふ、そっかぁ」


 耳をぴこぴこと動かすドンファンを、ブイゼルはとても微笑ましく思う。

 願わくば、彼にとってこの旅が良いものでありますように。



 入れ替わりでドンファンとブイゼルが丸くなるのを見守り、ジュカインは腕を組んで座った。

 サトシとピカチュウ、それにラティアスはジュカインが仮眠を取る前と変わらず、ぐっすりと眠っている。

 ちらりと横を見れば、オンバーンはじっと暗闇を睨みつけていた。


「……夜はまだ長いぞ」


 思わず声を掛ければ、オンバーンははっとこちらを向き、恥ずかしそうに笑った。


「ルチャブル達がいなくて不安か?」


「……不安、だけど……」


 地面に落ちかけた視線をぐっと引き止め、オンバーンは力強く、大丈夫、と呟いた。


「だって、おれがサトシを任されたんだから」


 きりりと正面を見つめるオンバーンは、タマゴから孵ったばかりとは思えないほど精悍だ。きっと、彼らの旅路では余程サトシが無茶したのだろう。この幼さで守るべきものを知っている。


「それに、何かあればみんながいるもん。怖いことなんてないよ」


 かと思えば、ジュカインを振り返り年相応の無邪気さで笑う。


「……ああ」


 そういえばオンバーンとじっくり言葉を交わすのは初めてかもしれない、とジュカインは記憶を遡った。ルチャブル達が彼を自慢しているのはよく耳に入ってくるが。

 などと考えていると、オンバーンがふ、と笑みを漏らした。


「何か可笑しいことでもあったか?」


「ううん……でも、話に聞いてたとおり、優しいんだなぁと思って」


 藪から棒に優しいなどと言われ、目を見開いた。


「ドンくん……あ、ドンファンが、ジュカ兄ちゃんは真面目で、ひとをよく見てるって、前に言ってたんだ」


 初耳だった。共に旅をしていた期間はそれほど長くなかったのに、まさかドンファンが自分のことをそんな風に思ってくれていたとは。


「だから、こうしてジュカ兄と話せて、嬉しいんだ」


 真っ直ぐに目を見ながら、恥ずかしげもなくオンバーンは言う。

 そうか、と返すので精一杯だった。彼の育った環境ではこれが普通だったのだろうか。もごもごと枝を咥え直す。頬が熱いのは、きっと焚き火に当たっているせいだ。

 ……なんとなく、ファイアローやルチャブルが、彼をよくできた弟だと自慢する気持ちは理解できた、気がする。

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