剣ふたり
「やっぱりダイケンキってかっこいいよな!」
とある街での大会を終え、ポケモンセンターで束の間の休息を取っている最中。藪から棒にミジュマルが何か言い始めた。また面倒なことになりそうだ。視線をついと動かすと、隣に座っていたツタージャと目が合った。
「……」
どちらが答える、と無言での押し問答。しかし俺がツタージャに勝てる筈もなく。
「……そうだね。さっきの大会に出てたダイケンキ、凄かったもんね」
一つ溜息を吐き、渋々、俺は言葉を発する。
「チャオブーもそう思うか!?」
「あ、え、うん」
いつも以上に瞳をきらきらと輝かせ、こちらに詰め寄るミジュマルについ気圧される。全く、無駄に顔だけはいいんだから。
「……おれ、進化しようかな」
「……へ!?」
思いも寄らない発言に、俺と、我関せずを貫いていたツタージャでさえ、ぎょっと目を剥いた。
進化を経て、性格が変わることはままあるらしい。だから、落ち着いた、立派なダイケンキになる可能性はあるだろう。しかし、この能天気な性格のままだったとしたら……。俺はもう、彼を抑えられる自信がない。
「ミ、ミジュマルはそのままが一番いいと思うよ」
「そうよ。観客の女の子も、あなたのこと可愛いって言ってたもの」
「な、何だよおまえら」
今度はツタージャも少し焦った様子で口を挟む。
最初は訝しんでいたミジュマルだったが、珍しく俺達に褒められて気を良くしたのだろう、もうしばらくはこのままでいっか、と鼻歌を歌い始めた。
……危ないところだった。ツタージャと共に胸を撫で下ろす。そして、ふと疑問が湧いた。……彼女は、進化しないのだろうか?
「……ねえ、ツタージャは」
「乙女の秘密よ?」
最後まで尋ねることは叶わず、有無を言わさぬ微笑みを返された俺は、へへ、と薄く笑うことしかできなかった。
いつか、彼女が気持ちを教えてくれたらいいな。一瞬浮かんだその思いは、少し目を離しただけで騒ぎを起こしたミジュマルの対応に追われ、胸の奥に仕舞われていった。
***
穏やかな最期、というやつだった。頭の悪いおれでもそれぐらいはわかる。みんなに囲まれて、笑いながら、あいつは天へと昇っていった。
「君を残していくなんて、不安でしかないよ」
なんて軽口を叩く余裕すらあった。全く、大きなお世話だ。
「……寂しくなるわね」
土の下で眠りについたあいつの前で、ツタージャがぽつりと呟いた。
「そーか? せいせいするぜ」
嘘はついていない。やれ静かにしろだの、じっとしていろだの、口うるさいやつがいなくなったのだ。万々歳だ。
そんなおれを横目で見ていたツタージャは、やがて瞼を閉じ、はあ、と溜息を吐いた。
「馬鹿みたい」
意地張っちゃって、と呟く声は、聞こえないふりをした。
そろそろ帰る、と言うツタージャの背中を見送ってから、改めてあいつと向き合う。あの柔らかくて温かい身体は、硬く冷たい石になってしまった。
「……本当に、死んじゃったのか」
応える声はない。
「おまえがいなくなったらつまみ食いできなくなるじゃん」
かたくなにおれの隣でご飯を食べていたあいつ。横取りをしようものならすぐ怒っていたくせに。
「おれが風邪ひいてもいいのかよ」
寝床に勝手に潜り込むと、嫌な顔を浮かべていたあいつ。でも、決して追い出そうとはしなかった。
「……ばーか」
なぜか目の前が歪み始めたけど気のせいだ。だってせっかく解放されたのだから。哀しいなんてことは、絶対、ない。
後日。わたしはひとりで彼と向き合っていた。思い出すのは、彼がしばしば口にしていた言葉。
――ツタージャは、強いね。
自分は臆病で、後ろ向きだからと、自虐的な笑みを浮かべながら。
わたしはそのたび、何と答えていたのだろう。励ますこともあれば、見放すこともあったかもしれない。
けれど。
「あなたの方がよっぽど強かったわ」
彼の墓をするりと撫でた。ひんやりとした石の感触。燃えるような体温の彼とは似ても似つかない。
「自分を捨てたトレーナーを想い続けるなんて、わたしにはできないもの」
どうしてトレーナーを見限るようになったのだろう。ニンゲンがいなくたって、わたしは平気。そんな小さなプライドを守って。向き合うことから目を背けて。
でも、あの真っ直ぐな少年に出会って、はじめてあたたかい気持ちが芽生えた時――ふと、怖くなった。
もし、もし。あの子には何の非もないのに、愛想を尽かしてしまったら? くだらないプライドのせいで、何もかもを捨ててしまったら?
一つの居場所に留まることができなかった自分には、十分その可能性が、ある。
だから、わたしはこのツタージャの姿のまま、生きようと決めた。自分の過ちを忘れないように。抱いた恐怖を身に刻み込むように。
こうでもしないと、わたしは、ニンゲンと向き合うことができないのに。
土の下で眠っている彼は、馬鹿がつくほどおひとよしで、過去を乗り越える力があって。
「本当は、わたし、あなたが眩しかったの」
自分に持っていないものをたくさん持っているあなたが。
もう一度墓に触れてみたけれど、やはりそこには、ただ冷たい石があるだけだった。
「きちんと伝えるべきだったのにね」
自嘲気味に笑って、ぽつりと呟いた言葉は、ゆるやかに消えていった。
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