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不香の花

 突き刺さるような冷気の中、まっさらな空を翔ける。昨晩は雪が降ったらしく、見渡す限りの銀世界である。

 ふと、視界の端で白の何かが動いた。目を凝らすと、白の下には緑と茶。何のことはなく、背中に雪が積もっているドダイトスだった。見慣れた姿に詰めていた息を吐き、そちらへ降下する。


「早いな」


 一声かけると、ドダイトスは脚を止め、おう、と顔を上げた。


「お前、まさか朝までファイアローに捕まってたのか」


 にやにや笑う彼とは対照的に、俺は苦笑を浮かべる。彼女は昨晩もインファイトを教えろとせがんできたのだ。常に高みを目指す姿勢は彼女の長所ではあるのだが、残念ながらファイアローという種族はインファイトを覚えられない。


「いや、オオスバメが遅くならないうちに割って入ってくれた」


「熱心なのはいいこった」


 頷きながら、俺が背中に収まったのを確認したドダイトスはゆっくり歩き始めた。


「今日はいちだんと寒ぃな」


「そうだな。お前の背中にも雪が積もっている」

「あぁ、どうりで冷えると思ったぜ」

 さほど気にしていないのか彼はわざとらしく震えてみせたが、やはり身体に雪が乗っている状況は良くないだろう。羽根で雪を払って地面に落とす。

「おい、何してんだ」


 ドダイトスが急に脚を止めたため、ぐらりと重心がぶれた。


「何って、雪を」


「雪ぐらい放っておけばすぐ溶けんだよ。お前の羽根使ってやることじゃねぇ」


 ドダイトスがいつの間にか諭すような口調になっている。寒さが苦手だと言っても、体温を一定に保つ機能はあるし、そこまで貧弱ではないつもりだ。むしろ外気に影響されやすいのはドダイトスの方で。

 それに、俺の翼は皆のためにあるのだ。


「これぐらい、どうってことないさ」

「俺にとってはどうってことあるんだよ。大事な羽根だろうが……ほら、降りてこい」


 有無を言わさぬ圧に押され、彼の顔近くに着地した。仕舞いかけた羽根の間にドダイトスが首を突っ込む。いつもなら冷たく感じる彼の皮膚だが、今は生ぬるかった。


「こんなに冷えてまですることじゃねぇよ」


 彼はそのまま至近距離で羽根を睨み、はぁー、と息を吐きかける。少しのくすぐったさと、ほんのり広がる温かさ。白く色付いた息は目の前でふわりと溶けた。

 ――これで、充分だ。俺の翼を自分のことのように想ってくれているひとがいる。この事実だけで俺は。

 未だ真剣に羽根を見つめているドダイトス。その頭の上にもうっすらと雪が積もっていた。

 ――また怒られるのだろうな。彼が温めている方とは逆の羽根で淡雪を払い落としながら、そんなことを思った。

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