はなえみ
グラシデアの花。以前、どうしても咲かないとドダイトスが悩んでいた花だった。その花が先日ついに咲いた、と彼が嬉しそうに報告してくれた。
「ありがとなぁ。やっぱりジュカインに相談して助かったぜ」
からりと笑うドダイトスに、逆に申し訳ない気持ちになった。俺は話を聞いただけで何もしていないし、オオスバメのバカが迷惑をかけたし。
「いや、むしろそのお陰で咲いたって感じだからなぁ」
少し含みのある言い方が気になり首を傾げていると、ドダイトスは自分で確かめた方がいい、と鉢植えを一つ差し出してきた。
「いいのか?」
「ああ。相談料だと思って受け取ってくれよ」
「……じゃあ、ありがたく」
咲いたら教えてくれよ、と告げて去っていくドダイトスを見送る。背中の樹も、それじゃあまた、と枝葉を揺らしてくれたので、俺も軽く手を振り返した。
そして、腕の中の鉢植えに視線をやる。青々と茂った葉の中に、まだ固く閉じた蕾がいくつか。
——グラシデアの花。シンオウ地方では、感謝を告げる時に渡す花だと言う。
環境が違い過ぎるせいか、ホウエン地方には分布していないはずだ。同じく温暖なアローラ地方では見られると聞いたが……あの土地は色々と伝承などがあるらしいから特殊なんだろう。
「……感謝、か」
一番その気持ちを伝えたい者と言えばサトシだが、全く彼は今はどこの空の下にいるのやら。近くにいないのなら、伝えられるものも伝えられない。
次に思い当たったのはフシギダネだ。しかし彼にはありがとう、よりいつもうちのバカ共がすみません、の気持ちの方が強いから、グラシデアの花は似つかわしくないだろう。……今度、お詫びの品でも持って行ってやろう。
その次に浮かんだのは……いや、どうして俺があいつらに感謝しないといけないんだ。どちらかと言えば、あいつらが俺に感謝すべきだろう。
軽くかぶりを振って浮かんだ姿を消していると、腕の中からくすくすと笑う声。
「おい、何笑ってるんだ」
むっとして尋ねても、答える声はなく。蕾はゆらゆらと楽しそうに揺れている。
「笑うぐらいなら咲いたらどうだ」
軽く溜息をついても、依然として花弁の口は固く閉じたままだ。
こいつは一体どうしたら咲くのだろう。そして咲いたら誰に渡そうか。やはり博士に渡すのが一番無難だな。
——などと考え事をしていたせいだ。背後から近づく物音に気づけなかったのは。
「ジュッカイン!」
底抜けに明るい声がふたつ、降ってきた。背中と肩同時にどん、と衝撃を受けて一瞬息が詰まったし、危うく鉢植えを落とす所だった。
「こんな所で何をしてたんですか?」
「ねーおやつ食べに行かない?」
「……一気に喋るな……」
そして何故会いたくない時に限って全員揃っているんだ。思わず顔を顰めると、腕の中のくすくすがさらに大きくなった。これはもはや忍び笑いですらない。さらに眉根が寄る。
でもこいつらはバカだからグラシデアの花のことなんて知らないし、そもそも今も花の存在なんて気づいてすらいないだろう。何とかここはやり過ごして——。
「ジュカ兄ちゃん、それ、何の花?」
幼い声に視線を下げれば、好奇心旺盛な、きらきらした瞳と目が合った。ああドンファン。いつもは微笑ましく思うその性格、今は少し恨めしいぞ。
「ん? 花ぁ?」
「ほんとだ。初めて見る花」
「まだ咲いていないんですね」
「これオレ知ってる! グラシデアの花だよな」
「へー! スバ兄ちゃんものしり!」
ああうるさいうるさい。烏合の衆とはまさにこのこと。ただ集まって、騒ぎ立てる集団。
集団で過ごすのは性に合わないから、煩わしく、面倒なことの方が多いけれど。
こんな俺にも、わざわざ関わりあいを持ってくれようとしているのは。
——まあ、感謝、していない訳ではないからな。
たまには伝えてみるのも、いいか。
「おい」
「あ?」
「どうした?」
一斉に視線が集まり言葉が詰まった。おいやめろそんなに注目するな。せっかく言えそうだったのに。
「……」
二の句が継げなくなってしまった俺を、皆が不思議そうに見つめる。ああやっぱり俺には無理だ。自分で撒いた種なのに一体どうすればいい。
視線から逃れるように下を向くと、蕾とぱっちり目が合って。堪えきれないとばかりに花が大きく笑う。
「……あ、咲いた」
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