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すっぱい

「……おい」

 げ、と思わず声が漏れた。隣で昼飯を食べていたはずのムクホークがじとりと俺の皿を見ている。

「ナナシのみだけ器用に残すんじゃない」

 言うと思った。

 今日の昼飯であるきのみの盛り合わせ。その中に宿敵のあいつがいた――そう、ナナシのみだ。

「だってすっぱいじゃねぇか」

 何を隠そう俺はすっぱい味が苦手だ。食べるとぎゅっと顔が真ん中に縮こまる感覚。どうにも好きになれない。しかもこのナナシのみは絶対すっぱいやつだ。俺にはわかる。この世のすっぱいきのみが全部甘い味ならいいのに。

「……そうだムクホークお前は苦手な味とかねぇのか」

 呆れる彼の視線から逃れるように話題を変えた。ムクホークは皿から顔を上げ俺を見る。

「特に無いな」

「……好きな味は」

「どの味も美味しいじゃないか」

 そうだこいつ好き嫌いしないんだった。じゃあ――。

「お前の食べかけはいらないぞ」

 あっくそ。食べてもらおうと思ったのだが一歩遅かった。ちぇ、と口を尖らせる。

 ……仕方ない。ムクホークの圧力に根負けし、食べる決心をする。しかしなかなか口に入れることができない。だって苦手なんだよ仕方ないじゃないか。

「美味しくないと思うから食べられないんだ」

「そうは言ってもな……」

 渋る俺を見兼ねたのかムクホークははあ、と溜息をつく。

「じゃあ、俺も一緒に半分食べてやるから」

 そう言って、ナナシのみを一つ頬張る。おお流石はムクホーク。持つべきものは友である。

 お前も食べろと目を向けられ、意を決してきのみを口に入れた。硬い皮を破ると同時に瑞々しい果汁が溢れ出し、爽やかな酸味が鼻に抜ける。ちらりとムクホークを見ると目を細め、美味そうに咀嚼している。その顔がこちらを向き、俺は慌ててきのみを飲み込んだ。

「食べられたじゃないか」

 拍子抜けしたようにムクホークが言う。それは多分、お前のせい。訝しげな彼の視線から逃れるように、もう一つナナシのみを口に放り込む。

 ああ、すっぱいなぁ。

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