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さいごの

 ゼニガメは進化しないのだろうか。

 ふと湧き上がった疑問。サトシはおれ達の意思を尊重してくれるから、おれとピカチュウはこの姿のまま強くなることを選んだ。けれど、リザードンのように進化する選択肢だって、もちろんある。何となく今まで聞いたことはなかったが、ゼニガメは自分の姿についてどう思っているのだろう。


「え? なんで進化しないのかって?」


 突然の問いにゼニガメは、馬鹿みたいに目と口をぽかりと開いた。かと思えば、うーんと首を捻って考え始める。相変わらずころころとよく変わる表情だ。


「ま、この方が動きやすいしなぁ」


「……ふーん」


 案外面白くない理由だった。


「……つまんねー答えだって思ってる?」


「……別に。おれに気ぃ遣ってんならぶっ飛ばす。進化するって言っても、見下ろされたくねぇからぶっ飛ばす」


 暴君だ、と大げさに訴えるゼニガメは黙殺するに限る。


「……理由なら他にもあるぜ」


「あ?」


 しばらく静かだったゼニガメが喋りかけてきた。にやにやと少しだらしのない顔。これは、何か良からぬことを考えている顔だ。


「オマエと同じ目線だからってのも、ある」


 もったいぶって付け加えられた答え。かっと赤くなりそうな頬を見られたくなくて、つい、つるのムチでゼニガメの頭をはたいてしまったが、おれは悪くない。

 と、思いたい。



 種を背負った、小さいけれど頼りになる馴染み深い背中を見つけ、鼻歌混じりに駆け寄った。


「よっすフシギダネ!」


「……また来たのか」


 少し呆れたように振り返る彼。オレがここを訪れる度、飽きもせず繰り返されるやりとり。自然と口元が緩んだ。

 ふたり連れ立ち、たわいもない会話をしながらそぞろ歩く。最も、フシギダネにとっては大事な見回りも兼ねているのだが。


「それで、子分達がさ」


「……ああ」


 いつもと変わらず相槌を打つ彼。しかし、どこかぎこちない、気がする。


「……なあフシギダネ、調子悪いのか?」


 敢えて軽く尋ねると、彼はぎくりと、身体を強張らせた。日頃激務をこなしている彼だ、体調を崩してもおかしくはない。心配になり思わず肩を掴んだ。


「少し休んだ方がいいんじゃないか?」


「……気のせいだろ」


 真正面から顔を突き合わせても、フシギダネは視線を合わせることはない。


「でもさ」


「何でもないって言ってるだろ!」


 ぱしりと、蔓で手を払われた。鋭い痛みが走り、一瞬顔を顰める。けれどオレよりフシギダネの方が余程痛みを感じているような、辛い表情を浮かべていて。


「……ッ」


 息を荒げたフシギダネの脚ががくりと折れた。


「オマエ、やっぱり……」


「……」


「なあ、オレとオマエの仲だろ。隠し事なんかすんなよ」


 依然として口を開かない彼は相変わらず意地っ張りだ。

 ……上等だ。絶対に喋らせてやる。


「フシギダネ」


 再び正面に回り込み名前を呼ぶと、苦しそうに眉根を寄せた、大きな赤い瞳が徐々に揺れ始めた。


「……お前にだけは、知られたくなかった」


 歯をぎりりと噛み締め、必死に堪える彼に目線を合わせる。誰かに心配をかけまいと強がる姿勢。いつまで経っても変わらない。ふ、と苦笑した。


「どんだけ付き合い長いと思ってんだよ」


 わかるに決まってんだろ、と頭を撫でると彼の涙はとうとう決壊した。


「……やめろバカ。子供じゃねえし」


「はは、悪いな」


 謝りながらも、手は止めない。フシギダネもそれ以上咎めることはなかった。



 後から聞いた話だが、フシギダネは暫く床に伏せっていたらしい。けれどオレが帰ってくると聞き、身体に文字通り蔓を打って見回りを始めたそうだ。


「……お前らしいよなぁ」


 彼の墓前でぽつりと呟く。あの日からいくつ年が巡ったのだろう。


「カメックス、来てたのか」


 重い羽音に続き、のしりと隣に降り立ったのはリザードンだ。


「……まあ、今日はな」


「それにしてもお前が進化を選ぶとはな」


「ただの嫌がらせだよ」


 見下ろすなとこちらを睨んでくる顔が思い浮び、くすりと笑う。それを横目にリザードンは、意味がわからない、という風に首を傾げた。

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