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冬の日

 口々に寒いと呟く声がする。実体のないオレは気付かなかったが、どうやら冬はいつの間にか訪れていたらしい。身体を寄せ合っている皆を少し遠くから眺めた。

 ――オレは、あの中に入ってはいけない。 "ゲンガーのいる所は気温が下がる" から。

 別に、平気だ。追い出されることはないのだし。それに、夏はこの特性のおかげで皆の役に立てた。

 ああ、それだけで十分。屋敷にひとりでいた時より、何十倍、いや何百倍も暖かい。

 部屋から出ていこうと姿を消しかけたその瞬間。

 がしりと、誰かに腕を掴まれた。


 顔を見る隙も与えられず引き寄せられる。視界いっぱいに広がるのは、朝の陽射しを思わせる明るい黄色。

「やっと見つけた」


 オレを抱きしめ、カイリューは嬉しそうに笑う。しばらくされるがままだったが、はたと気付く。

「お前……寒いの苦手だろ」


 だから離せ、と抵抗してみたものの、背中に回る腕の力が弱まることはない。


「大丈夫だもん」

「んな訳あるか」


「自分はゲンガーがいない方が寒いよ」

 思わず腕の中からカイリューの顔を見上げると、彼もまた、優しい光をたたえた瞳でこちらを見つめていた。


「君は大事な仲間なんだから、もっと甘えてよ。自分だけじゃないよ。皆もそう思ってる」


 だからほら、行こうよ。

 導く手を振り払うことは簡単にできたけれど、その言葉を信じたくて。オレの居場所はあるのだと、確かめたくて。

 一歩、踏み出してみた。


 研究所から一歩外に出ると、まさに白銀の世界だった。


「冷たい……」

 植え込みにしゃがみ込み、雪を触りながらルカリオが呟いた。そういえば彼はタマゴから生まれたばかりだと聞く。

「雪を見るのは初めてか」


 鼻頭を赤くしながらこくりと頷く横顔は、好奇心旺盛だったリオルの頃と変わっておらず微笑ましい。


「雪、カモネギは見たことあるのか」


「ああ。ガラルで住んでいた街の近くにもよく雪が積もっていた」


 今は遠い故郷。きっと戻ることはない。


「……生まれた土地から離れて……帰りたいって、思うのか。おれは……ここがふるさとみたいなものだから、よくわからない」

 少し緊張した面持ちで彼が尋ねてきた。


「……慣れ親しんだ場所から離れることが寂しくないと言ったら嘘になる」


 ネギをそばに置き、雪の塊を掴んだ。


「だが、あの橋の上でサトシやお前と出会い、ここまで来たことに後悔は微塵もない」


 ルカリオは面映ゆそうに耳を傾けている。

 ころころと、雪玉を翼で転がす。


「それに、」

 大きな赤い目がこちらを向いたその瞬間、丹精に形を整えていた雪玉をゆるく放り投げ――。

 ぼしゃり。

 音を立て、ルカリオの顔に落下した。呆然と雪を被っている姿に思わず吹き出し、そして瞬時に距離を取る。


「雪合戦というものを、一度してみたかったのでな!」

 次々に雪玉を作って投げた。今度は手加減しない。

 彼も合点がいったようで、きりりと目元を引き締めてから、軽やかな身のこなしで雪玉を避ける。


「――覚悟!」


 両者が雪に埋もれるまで、残り数十分。

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