蜜月
──ソレは、音もなく枕元に降り立ち。
「いててててっ!?」
頭を容赦なく何度も小突かれ飛び起きる。辺りは闇に包まれており、寝付いてからまだそれほど経っていないようだ。
「──起きたか」
静かな声の主、俺を無理矢理目覚めさせたそのひとは、闇に紛れぬ翼を持つ──。
「起こすなら、もう少し優しく起こしてほしいんだけど」
ヨルノズク、と欠伸混じりに彼の名を呼ぶ。
「一度寝始めたら、貴様は滅多なことをしない限り起きないからな」
悪びれもせず告げる彼に、思わず苦笑いした。もし俺が昼間、寝ているヨルノズクを起こそうものなら、きっとエアスラッシュの刑なのに。
……ずるいなぁ。
「何が」
「なんでもないよ」
言ったところで、彼は痛くも痒くもないだろうし。
「それよりさ、何か用があって起こしたんじゃないのか?」
「ああ──」
こくりと小さく頷き、彼は告げる。
月食がある、と。
*
「……そろそろか」
いっとう高い木のてっぺん。ふたりで並んで腰掛け、見上げるは夜空に浮かぶ月。今は煌々と輝いているこの球体が、一体どんな風に隠れてしまうのだろう。
「あ、始まった?」
ゆっくり、ゆっくり端から欠けていく月。なぜだろう、その変化から目が離せなくて、飽きることなく見つめてしまう。気付けば、まんまるだった円は三日月程の細さになっている。
「全部隠れたら月、見えなくなるのかな」
「見ていればわかる」
素っ気なく返され仕方なく目線を頭上に戻す。するとそこには——、
「赤銅色、と言うそうだ」
いつもなら金色にくり抜かれている夜空。今はそこから暗い橙色が覗いている。ああ、この色は——。
ちらりとヨルノズクを盗み見ると、目を細めて月を眺めている。
「……何考えてるか当ててやろうか」
「は?」
眉間に皺を寄せ、煩わしそうに振り向いた彼の顔。
「羽の色のことだろ」
まんまるに見開かれたその瞳は、まるで空に浮かぶ赤銅色。
「お、当たった? 俺もみやぶる使えるようになったかな」
「……言ってろ」
ぷいと顔を背けられたその先で、赤銅色が薄れ、黄金の月光が漏れ始めていた。
*
ちか、と眩しい光が瞼を刺す。昨夜はいつもより夜更かししたから、つい寝過ぎてしまったようだ。なんとなく気怠くて、ごろりと寝返りをうつ。
「……なにこれ」
視界に広がる、蜜色。赤銅色より少し、薄い。身を起こして見ると、そこには小さな瓶がぽつりとひとつ。
昨晩付き合わせたお礼、ということなのだろうか。
「……甘いなぁ」
律儀に俺の好物を用意する彼も。
……振り回されるのも悪くないな、と思っている俺も。
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