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結び

 旅をしている最中は同じ時を過ごし、同じ景色を見ているのが当然だった。しかし研究所に放たれ、ひとりで自由に過ごすようになると、ドダイトスの心の中にぽかりと浮かぶことが多くなった。

 ――ここに彼がいれば、と。

 夜明け前、濃紺の中で光る真珠色の月。  生まれ故郷には分布していない草花の香り。  森の奥、透き通った湖の冷たさ。  自分が見て、感じたこと。ひとつひとつを、彼にも見て、感じてほしくて。

 ドダイトスがこのもどかしさに耐えきれなくなるまで、そう時間はかからなかった。ムクホークを背に留まらせ、共にいる時間を増やした。彼も断らなかったし、自ら乗ってくることも多かったから、同じように思っていたのだろう。



 今日も、行くぞ、と一声かけると彼は定位置に収まった。近頃は朝晩の冷え込みが強いから紅葉が見られるだろうか、などと考えつつ歩みを進める。

 と、目の前にひとひら、赤く染まったもみじが舞った。

 見上げると、木々は秋の色に変わり始めた葉を茂らせている。所々緑が残っていたり、間から空が覗いていたりと、絶妙なクラデーションを描いており飽きることはない。

「色が多いのは、いいな」


 ムクホークがぽつりと呟いた。それを聞き、ドダイトスは思わず口元を緩める。

 ――ああ、同じだ。


 あ、と声がして、彼が翼を広げた。軽くなった背中が少しだけ名残惜しい。

 瞬く間に、視界いっぱいにムクホークが広がった。鼻先に羽毛の柔らかさと温もりを感じ、目を瞑る。

 ふわりと、触れていた部分が離れた。瞼を開くと、微笑んで赤い葉を咥える彼。


「付いてたぞ」

 もみじと同じ色をした瞳が悪戯っぽく光る。

 刹那、胸に湧いたこの気持ちに、名前はあるのだろうか。

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