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猛火

 最初は、境遇が似ているからだと思った。

 ——無理はするなよ、と肩を叩いてくれたのは。

 自分と同じように、他のトレーナーの元からサトシに辿り着いたブイゼル。僕にしてみれば、親近感を抱くなと言う方が無理だろう。

 ——笑顔で見送られた彼と、見放された自分とでは、天と地の差があるけれど。

 けれど旅を続けるうちに、彼は根が世話焼きなのだろう、と察するようになった。パチリスやピンプク、フカマル達の面倒を見たり、ポッチャマの話し相手になっていたりと、周りによく気を配っていたと思う。

 それでも、やっぱり、僕には特に声をかけてくれた。これは気のせいではない、はずだ。



「なんだか最近、もやもやするんだ」


「……へえ?」


 僕の隣に座るブイゼルは腕を組み、先を促すように小さく首を傾げた。


「君が、僕にもみんなにも優しいから」


「……はあ?」


 彼は何とも言えない表情を浮かべている。無理もない。突然呼び止められて、要領を得ない言葉を投げかけられているのだから。実のところ、口にしている僕ですら、何を話しているのかよくわかっていない。

 君が優しいのは昔からそうなのに。この頃は、君が僕以外に優しい言葉をかけるのを見ると、胸に針が刺さったようになる。

 そんなことをぽつぽつ話していると、ブイゼルはおもむろに意地悪そうな表情を浮かべた。ゴウカザル、と静かに名を呼ばれ、心臓が跳ねた。


「お前、それは——」


 私のこと、好きなんじゃないのか。

 言葉とともに、頬に手が添えられ、

 その滑らかな感触に、

 急に詰められた距離に、

 かっと、炎が燃え、

 ——次の瞬間、意識が飛んだ。



 ばしゃりと、顔面に水を浴びせられ、我に返った。


「ちったぁ落ち着けよ」


 眼下、至近距離に呆れたようなブイゼルの顔。無意識のうちに彼に覆い被さっていたらしい。


「……なんで?」


「俺の台詞だ馬鹿」


 元はと言えば君があんなこと言ったからなのに。ぶつくさ不貞腐れていると、ブイゼルはくすりと笑った。


「悪かったよ。お前があんまりにも馬鹿真面目に悩んでるもんだから」


「また馬鹿って言った」


 ブイゼルは答えず、くすくす笑っている。

 それにしても、先ほどから彼が抜け出す素振りも見せず、俺の腕の中に大人しく収まっているのはどういう意図なのか。


「で、どうなんだ」


 己に問い質さなくともわかる。

 ……あれは、嫉妬だ。仲間に向けられるたぐいの感情ではなく、もっとどろどろした、後ろ暗さを含んだ気持ちだ。


「……うん、俺、ブイゼルが好きだよ」


 真っ直ぐ、彼の目を見つめながら、告げる。口に出せば、すとんと胸に落ちた。ああ、これが、誰かを好きになるということなのか。もやもやの正体が判明し、どこか晴れやかな気分さえ感じる。

 ブイゼルは、俺の告白に、余裕そうな表情は消え失せ、面食らったように目を丸くしていた。瞼を伏せ、小さく溜息を吐いた次の瞬間、きらりと光る瞳が覗く。


「……ま、試してみろよ」


 何を、と問う前に、おでこをごつりとぶつけられた。悪戯っぽい顔が目と鼻の先だ。

 再び、炎が燃え上がったことは言う間でもない。

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