息吹
ほわぁと、大きく口を開けてあくびをひとつ。ぼくじゃないよ。あくびをしたのは、ふかふかのベッドに収まっている、小さな小さな、レイ。
柔らかいほっぺたに、まあるい頭、くりっとした目。バーネット博士はモクローみたいねって笑ってた。
そろり。寝息を立て始めたレイに翼を近付けてみると、きゅっと羽の先を掴まれた。なんだかそれがくすぐったくて、でも胸の中がふんわりあったかくなった。
「レイ……サトシより、小さいね」
ベッドを覗き込んでいたメルメタルがぽつりと呟いた。
「レイはまだ赤ちゃんだもん」
「赤ちゃんがたくさん集まれば、大きくなる?」
「そんな訳ないじゃん!」
はっ。思わず吹き出しちゃったけど、レイ、起きてないかな? 身を固くして構えたけれど、すやすやと穏やかな寝顔はそのままだ。ほうっと息を吐く。
「あのね、赤ちゃんはメルタンみたいに集まって大きくなるんじゃないんだよ」
「どうやって大きくなるの」
「時間が経てば、かなぁ」
メルメタルはよくわからない、といった顔。
「だいじょうぶ。これからずっと、この子のそばにいればいいんだよ」
「……ぼくに、できるかな」
「できるよ。わからなくても、ぼくが教えてあげる」
「……うん。ありがとう、モクロー」
にこにこと、メルメタルが嬉しそうに笑った。それに釣られたのか、レイもにこにこしている。未だ掴まれている羽と逆の翼でほっぺたをつついてみても、起きている様子はない。幸せそうな寝顔を見たら、ぼくも眠くなってきた。
「ふふふ、おねぼうさんだねえ……ふわぁ」
「モクローも、ね」
***
「モク、ロー」
ひらひらと、葉が散るように、モクローが墜ちてくる。受け止めなければと、震える手を伸ばした。音も出ないほど小さく、軽い身体。
「……ありがと……メルメタル」
「モクロー、どうしたの?」
「ぼく、もう……眠らないといけないみたい」
腕の中に収まるモクローは瞼がとても重そうだ。いつもなら素直に眠りの世界に落ちるはずなのに、今日は必死にそちらへ行くまいと堪えている。
「眠いなら、今日はもう休もう?」
「ううん……寝ちゃったら……起きられないから」
起きられない? どうしてだろう。覗き込んだ瞳の中に、首を傾げている自分が映っていた。
「ぼくはもう、きみのそばにはいられないんだ」
「どう、して?」
「そういうものなんだって」
「そういう、もの?」
「……大丈夫だよ。ずっと、きみを見てるから」
僕を見つめながら、モクローはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「だから、泣かないで」
モクローが小さな温かい翼で僕の顔を拭うと、水滴が一粒、光った。これが、涙?
「涙はね、心が動いた時に出るんだよ」
モクローが僕の胸を優しく撫でる。
「……心」
「そう、心。生きていれば、心は動くんだよ」
ぼくがいなくてもね。モクローはにこりと微笑んだ。
「そんなことない。きみがいない毎日なんて」
きっと、退屈で仕方ない。
とめどなく溢れる涙が、柔らかな羽毛を濡らしていく。小さな小さな体を、握り潰してしまうくらいぎゅうっと抱き締めた。モクローは痛いよ、とくすくす笑った。
「メルメタル」
君が僕を呼ぶ、その声が大好きなのに。君がいてくれれば僕は充分なのに。それももう叶わないなんて。
「みんなと、仲良くね」
ひとつ、弱く微笑んでから、すう、と静かにモクローは瞼を下ろした。昨日と何一つ変わらない寝顔。けれどどんなに力を込めて抱き締めても、あのまんまるな瞳を覗かせることはない。だんだんと、身体の熱が僕に移っていく。温かかった身体が冷たくなっていく。
君は、生きていれば心が動くと言っていた。だとしたら、これから何度、身体が錆び付いてしまうほどの涙を流さなければいけないのだろうか。
また、張り裂けそうな胸の痛みを味わわなければいけないのだろうか。
一回でも、耐えられないのに。
それならば、心なんて。
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