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 彼がこの世を去ってから、いくつ季節が巡っただろう。風を切って羽ばたく力強い音、その翼の温かさ。真っ直ぐな紅い眼差しや太陽のような匂い。全部、ぜんぶ忘れることなどないのに。


 ドダイトス、と名を呼ばれ振り返れば、今や立派に成長したガブリアスがそこにいた。何やらこちらを心配そうに見つめている。

「……ムクホークのこと?」


 思わず苦笑する。もう会えないのは彼だけではないのに、ずばり当てられてしまった。


「そんなにわかりやすかったか?」

「だってドダイトス、ムクホークのこと考えてる時はいつもここに来てる」

 無意識だったため、ガブリアスの言葉に動揺する。ああ、でも確かにそうだ。だってここは、

「……仕方ねぇよ」


「わかってる。別に止めたりなんかしない」


「ん、ありがとよ」


 ここは、彼と過ごした最後の場所だ。


 彼は俺がこうして待つことなど望んではいないのだろう。彼は真面目だから、お前はお前のために生きろ、なんて言いそうだ。けれど。

 ──会いに来るから。

 そんな彼がああ言った。だから俺は待っている。



「ねえ、そこのドダイトスのおにーさん」


 ふいに幼い声がした。首を巡らせ、近くの木の枝に留まっている声の主を見つけた。

 くるんとした特徴的な頭の毛、丸くて大きな瞳、みっつに別れた尾羽。まさに今、思い出していた彼の、かつての姿。

「お、まえ……ムックル?」


「おれ、ムックルって言うの?」


「ん?……あぁ、お前みてぇのはムックルってんだ。ただ、俺の知ってるやつと色は違うな」

 野生のムックルは俺達の故郷、シンオウ地方に生息しているはずだ。通常であれば、カントー地方でその姿を見ることはない。単純に考えるのであれば、自分勝手なニンゲンが捨てていった、という所だろう。

 ……しかし、こいつは通常のムックルとは色が違う。それに、何か訳ありの気配がする。


「お前、どこから来た? 誰かと一緒じゃねぇのか」

「わかんない。気づいたらひとりでここにいた」

 それよりさあ、とムックルがこちらに小さな翼を羽ばたかせ近付いてくる。そして目を合わせ。


「ムクホークのおにーさんから伝言があるよ」


 は、と間抜けな声が漏れた。こいつは何を言っている?……彼は確かに、俺が看取ったはずだ。それに、初対面のこいつが何故俺と彼が親しかったことを知っているのだろう。

 混乱している俺をよそに、ムックルはすらすらと言葉を重ねる。


「おれ、夢の中でかっこいいムクホークのおにーさんと会ってさ。ここにドダイトスってやつがいるからよろしく頼むって言われたんだ。それ、おにーさんだろ?」


 ……ありえない。誰か、俺達を知っている誰かから聞いて、からかっているに違いない。そう頭ではわかっていても、丸い目をきらきらさせたこいつが嘘を言っているようには、どうしても見えなかった。


「……他に……そいつ、ムクホークは……何か言ってたか」


 真実である確証はどこにもない。けれど、聞かねばならない、と直感が告げている。


「えっと、確か、約束覚えていてくれてありがとう、遅くなって悪かったって」


 ……そうか。ちゃんと、お前は。

 ふ、と口が緩む。見上げれば、彼が好んでいた真っ青な空が広がっていて束の間、目を細めた。


「……わかった。伝言してくれてありがとな、ムックル」

「ムクホークのおにーさん、約束破ってたの?」

「ん、守ってくれたんだよ」


 ふうん、と呟きつつムックルはぱたぱたと俺の背中に降り立った。その重さが何とも懐かしく――。

「おにーさん、なんで笑ってるの?」

「いんや、なんでもねぇよ」

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